動画編集の9割は“引き算”でできている “情報を削る技術”が、映像の質を決める時代
はじめに:なぜ“足す”のではなく“引く”のか?
動画編集というと、多くの人がまず思い浮かべるのは「BGMを足す」「テロップを入れる」「効果音を加える」「トランジションを挿入する」など、いかに映像に“装飾”を施すかという視点ではないでしょうか。
確かに、それも編集の一部ではあります。しかし実際のプロの現場、特に広告映像やドキュメンタリー、映画、あるいはYouTubeにおける人気動画の多くは、その逆──つまり「どれだけ無駄を削れるか」が品質を大きく左右しています。
“引き算の美学”。これは映像編集における、最も見落とされがちな核となる考え方です。
この記事では、動画編集初心者はもちろん、経験者でも見落としがちな“削る技術”の奥深さについて、事例とともに掘り下げていきます。
第1章:動画がつまらなくなる最大の理由は「情報過多」
動画が冗長で退屈に感じられる最大の要因は「情報を入れすぎていること」です。
例えば、1分間の料理動画を作る場合──
- 調理手順をすべて実時間で見せる
- 切る音、炒める音、しゃべり、音楽が同時に鳴っている
- 各工程の詳細な解説テロップをすべて表示
……これでは視聴者の脳は“情報の洪水”に疲れてしまいます。
映像というメディアは、本来「空気感」や「文脈」を暗黙的に伝える力を持っています。それを逐一すべて言葉で説明してしまうと、むしろ想像の余地を奪ってしまうのです。
<用語解説:認知的負荷>
認知的負荷(Cognitive Load)とは、人間が同時に処理できる情報量の限界のこと。情報を詰め込みすぎると、視聴者は「内容を理解する」前に「疲れてしまう」。動画編集では、この“認知的負荷を下げる”ための「引き算」が不可欠です。
第2章:「削る」ことで生まれるストーリーの輪郭
映像の持つ物語性は、“すべてを見せないこと”によってむしろ強調されます。
たとえば、映画の予告編やCMを思い出してみてください。ストーリー全体を説明せず、断片的なカットだけで感情や興味を喚起します。
これと同じ手法を、日常の編集にも応用することが可能です。
具体例:子どもの誕生日動画
- 【NG編集】撮影したすべての素材を時系列で並べる/「ケーキ作り」「飾り付け」など網羅/フル尺30分の動画
- 【OK編集】一番嬉しそうな表情を中心に構成/音声やBGMをシンプルに整理/要素を絞って3分に凝縮
つまり、“編集”とは「撮ったものを見せる作業」ではなく、「何を見せないかを決める作業」なのです。
第3章:「テンポの悪さ」は足しすぎの副作用
「テンポの悪い動画」という評価は、ほとんどが“カットを減らしていない”ことに起因しています。
初心者によくあるのが「もったいなくてカットできない」という心理。
でも実際、動画のテンポは「削った数」に比例して向上します。
編集テクニック:ジャンプカットと間引きの活用
ジャンプカットとは、同じカメラ位置での不要な部分を間引いてつなぐ編集手法です。特に会話やVlogにおいて「えー」「あのー」などの不要な間を取り除くことで、話のキレが圧倒的に良くなります。
また、「作業をすべて見せる」のではなく、「作業の結果だけを見せる」編集も有効。これにより、視聴者は“映像のエッセンス”だけを味わえます。
第4章:「映える編集」は“盛る”より“残す”
SNSやYouTubeで「映える動画」を見ると、「エフェクトをたくさん入れよう」「文字を大きく派手にしよう」と考える人が多いですが、実はその逆。
“映える編集”は「余計な要素を徹底的に排除したとき」に生まれます。
例として、ハイブランドのプロモーションムービーを想像してください。情報は最小限。黒背景、1カット、静寂。にもかかわらず、なぜか印象に残る──。
これは、“引き算された美学”が強烈なブランドメッセージを伝えているからです。
第5章:AI編集にも“引き算”の概念は必要か?
生成AIや自動編集ツールが進化する中、AIによる「足し算の編集」は非常に得意です。テンプレート、トランジション、BGMの自動適用──まさに“足す作業”の自動化です。
しかし、AIは「何を削るべきか?」という“判断の感性”にはまだ課題があります。
むしろAI時代だからこそ、人間が担うべき編集の役割は“引き算の判断”にあるとも言えます。
生成AIを活用して動画の草案を作り、その上で“どこを削るか”を人間が決める──このハイブリッド編集こそ、今後の主流になるでしょう。
第6章:「削る」ために必要な“判断軸”とは?
削るためには、「何を削るべきか」の基準が必要です。ここでは3つの代表的な判断軸を紹介します。
- 目的(ゴール)ベース
視聴者に伝えたい“主旨”に関係ない要素を削る。
例:商品の紹介なら、作業風景や雑談をカット。 - 感情ベース
感情が動く瞬間を“残し”、その他は大胆にカット。
例:リアクション、驚き、笑いの瞬間だけをつなぐ。 - 時間ベース
映像全体の長さを決め、それに収まるように要素を“圧縮”。
例:30秒のPR動画に対して、5分素材からエッセンスだけ抽出。
終章:「編集」とは、“選択と削除”の連続である
最先端のソフトや機材がどれだけ進化しても、最終的に動画の質を決めるのは「何を削るか」の判断です。
これは料理に似ています。
高級レストランの料理人は、食材を何十種類も皿に並べるのではなく、選び抜いた数種だけで“旨味のコントラスト”を作り上げます。
動画編集も同じです。
「何を足すか」ではなく「何を残すか」──その“引き算の選択”こそが、あなたの作品をプロのクオリティへと導く鍵になります。
おわりに:動画編集初心者こそ“引き算の思考”を
これから動画編集を始める人にとって、「何をカットすべきか」という視点は、技術以上に重要です。
機能やツールの使い方を学ぶよりも先に、「何を見せないか」を考える。これが、プロへの第一歩です。
「動画編集の9割は“引き算”でできている」──この考え方が、あなたの映像表現に新たな可能性をもたらすことを願っています。